どうも、ゲームジャンプ編集長のだださんです。
以前に【MOTHERというゲームは怖い】という記事を書きましたが、
今回は続編のMOTHER2についてもずーっと思っていたことがあったので、
お話したいと思います。
まずはこちらの動画、冒頭40秒をご覧ください。
最っ低なOP…
私は後にも先にも、こんなにトラウマを植え付けられるオープニングを見たことはない。
この映像を初めて見たとき、私は本気で思った。
「……あ、これ、洋ゲーだ。中身のカセット違うやんけ」
それくらい異質だったんです。
だけどタイトルは「GYIYG STRIKES BACK!」—
ギーグの逆襲
あれ、間違ってはなさそう。
しかしスーファミとは思えぬ雑なグラフィックにUFOの群れ、不穏な電子音。
何も始まってないのに、すでに“終わってる”空気。
そう、MOTHER2の怖さのピークは最初の40秒で訪れる!!
ギーグが怖いだの、ネスサンネスサンネスサンネスサン…の連呼が不気味だのとよく言われますが。
いやいや、MOTHER2で最も怖いシーンはオープニングなんです!!
ギーグの正体より恐ろしかった、MOTHER2の冒頭40秒
ギーグという存在は、MOTHER1・2を象徴するラスボスであり、
「正体不明」「狂気」「崩壊」など、いくつもの形容で語られます。
1作目ではまだ彼(?)の“正体”はわかりやすく描かれていたんですよね。
「宇宙からの来訪者」
「主人公の祖母に弱い」という描写——
つまり、かつて地球人に育てられた宇宙人という設定がある程度語られていた。
物語としてのまとまりがあり、“悲しき存在”としての側面も見えていたんです。
だからこそ、最終戦はそれまでのRPGにはなかった「感動と切なさ」を感じるわけです。
そう思いませんか?
でも、今作では
もう、ギーグの正体がどうこう以前の問題だったんです。
怖すぎるんです。最初の40秒が。
本気で違うゲームかと思った
画面に映るのは、いかにも洋ゲー(ATARI)風の雑で粗いドット絵。
まるで海外B級SF映画のような書体。
空には巨大なUFOが複数飛んでいて街を攻撃している。
そして、脳をざらつかせるビキビキとした電子音。
「え?これがMOTHER2?嘘でしょ?」
CMとのギャップがすごかった
ご存じの方にはお馴染み、当時MOTHER2のCMはキムタクこと木村拓哉さんがやってたんですよ。
「マーザー2〜♪マーザ2〜♪」って感じでノリノリのふざけたCMだったんです。
あぁ、きっと新作もめっちゃ面白い作品なんだろうな〜と期待で胸が膨らんだものです。
ところがよ!

当時、中学生の私はテレビの前で硬直した。
一瞬で人生最大のトラウマオープニングに認定したことだけは覚えている。
でもそれは、“異常な世界に足を踏み入れた”瞬間でもあったのです。
私にとってギーグの逆襲は開始40秒で完了したというわけ。
心にはもう“説明のつかない不安”が植えつけられている。
そしてその不安は、ゲームが進んでからの展開——
ギーグの登場、そして最終戦の祈り—に繋がっていくことになるのです。
ギーグの逆襲とは何だったのか?
「ギーグの逆襲」と言うサブタイトルですが―
正直、ラストまでちゃんと進んだ人の中でも、その意味を明確に覚えている人って意外と少ないのではないでしょうか。
“どせいさん”とか、”ゲップー”とか、”あのあれ”とか……
途中にはインパクト抜群のポップな敵やキャラクターたちもたくさん登場します。
ちゃんとMOTHERらしい独特な世界が繰り広げられていきます。
でも、今でもMOTHER2というゲームの記憶よりも、
想定外のオープニング。
その脳裏に焼きついた数十秒間の方が、ずっと鮮明に残っていて
途中のストーリーが結構うろ覚えなんですよね。
それでもギーグ戦は格が違った
それでも、やはりラストの“ギーグ戦”に込められた意味は、特別でした。
まず、「もう元の世界には戻れない」という設定。
未来の機械に入って、魂だけで戦う展開。
前作に続き、RPGのルールをガン無視のラスボス戦でした。
ギーグはもはや“物理的な存在”ではありませんでした。
その姿は抽象的で、セリフも意味不明。
一体何と戦っているのか、ギーグの正体は何なのか——
プレイヤーは「敵が何かもわからないまま」「倒す方法もわからないまま」、
戦闘に突入していきます。
“いのる”という最終手段と、物理を超えた恐怖
そして──“ギーグの逆襲”の物語は、
やがて“ネスたちの祈り”で終わりを迎えることになります。
今回もどこから攻撃されてるのか正体がつかめない。
物理攻撃は効くけど、ホントに効いてるのか?
ギーグのセリフが意味不明。
姿も、どんどん形が崩れていく。
そして現れた”「いのる」”コマンド
「え?これ倒せるの?ていうか、これ“戦闘”なの?」
そう思ってたら、出てきたコマンドが
“いのる”
……え、祈る!?
いや、祈ってどうにかなるなら、最初から祈ってたわ!!
そんな声が心の中で響きましたけど、
他に手がないので、仕方なく“いのる”。
でも……これがヤツに効くのなんのって。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、ギーグが崩れていく。
ちなみに前作では「うたう」でギーグを倒しました。
あれはね、めっちゃ感動的でしたね。
8メロディーズという歌(子守唄?)の力で、過去の記憶を呼び起こすみたいな演出で
ギーグの戦意喪失を狙います。
今回は、「祈る」。
それまでのストーリーで出会った色んな人に祈る。
それでもギーグは倒せない…。
もう祈る人がいない…、そんな時。
最後に祈ったのは? → 実際のプレイヤー。
なんと、ラスボス戦で突然“私自身”が呼ばれるという感動でもあり責任重大な展開へ。
粋な演出が感動を誘う
たしかに、今回のギーグには前作のような“悲しさ”が見えなかったかもしれません。
正体も曖昧で、感情も読めない。
物理的な存在ですらなくて、なんかもう“空気の壁”と戦ってるみたい。
そりゃ「攻撃する」じゃなくて「祈る」しかないよね。
だって全然攻撃効いてないんだもん。
もう「8メロディーズ」さえも忘れてそう。
こうして、ネスたちの戦いは祈りに支えられて終わっていくんですが、
ラストは糸井重里さんらしい素敵なサプライズ演出でまた感動。
「なんか……怖いし……祈る人がもういない……え、オイラが倒したの??」
この正体不明の何かに、
「私は確かに勝った」と言っていいのかもわからない。
でも、それがMOTHER2らしい終わり方だったのかな、って。思います。
だんだんギーグが壊れていく|MOTHER2ラストの怖さ
戦闘が進むにつれて、
ギーグの姿も精神もどんどん崩れていきます。
最初はなんとなく顔のようなものが見えていたのに、
いつの間にか輪郭もなくなり、
ただのぐちゃぐちゃなノイズの塊みたいになっていく。
セリフも明確な言葉ではなく、
ただの情緒の断片のようなもの。
……ウレシイ…
MOTHER2 ギーグのセリフより
…カナシイ…
……トモダチ…
意味がわからない。
でも、なんか泣きそうになる。
そんなタイミングで、次はこれ。
アーアーアー
MOTHER2 ギーグのセリフより
キ モ チ イ イ…
怖い怖い怖い!!!
なんでラスボスが気持ちよくなってるんだよ!!!
そして、みんな大好き。極めつけがこれ。
ネスサンネスサンネスサンネスサンネスサンネスサンネスサンネス
MOTHER2 ギーグのセリフより
サンネスサン……ヤッチャエニッサン!!
もうこちらも”祈る”しかないべ。
この存在に対して祈る以外の選択肢ないわ。
戦うとかじゃない。脱出ボタンを探すように…。
DAN-DAN ギーグ壊れてく。
プレイヤーの精神もね!
さて祈るか!!
前作では「歌いきることでギーグの心を刺激し、地球侵略を諦めさせる」という流れがあったんですが、
今回はそんな“説得術”すらないんです。
だってあちらさん狂っちゃってるんだもの。
わかったから、頼むから、落ち着けギーグ!!!
ネスサンネスサンの連呼について
ちなみに、「ネスサンが怖い」って声もよく見かけるんですが……
いやいや、あーたホントにやりました?って言いたい。
私は初期設定の「ネス」じゃなくて、
自分が普段使ってる名前に変えてたんです。
だからこそ、あのラストでギーグに“◯◯サン”と連呼されるのが本当に不気味で。
自分自身が、ギーグに取り込まれていくような感覚。
「私の名前」を、
「誰かの声」で、
「何度も呼ばれ続ける」演出。
あの戦闘は、
“祈るしかなかった”場面だったかもしれません。
ギーグは“何”だったのか?|MOTHER2の正体未明のラスト
ここまで見てきたように、MOTHER2のギーグは、
もはや“敵キャラ”とか“ラスボス”という言葉で片付けられる存在ではありませんでした。
前作では、まだ“育ての親”や“過去の記憶”といった背景が語られていて、
ギーグには「悲しみ」や「迷い」のような人間的な感情が残っていた。
でも、今作のギーグにはそれすらない。
顔がない。言葉も通じない。倒し方もわからない。
そしてプレイヤーに向かって、
“名前を呼びながら崩れていく”だけ。
これはもう、“正体”という概念そのものを放棄した存在だったのかもしれません。
実際に、MOTHERシリーズの生みの親である糸井重里さんご本人も、
自身のコラム(ほぼ日刊イトイ新聞)でこう語っています。
「ギーグのセリフ、作っててもきつくてさ」
「ギーグって、要するに、その、
※出典:「ほぼ日刊イトイ新聞」内コラムより
なんだかわからないものじゃないですか。」
“作ったご本人すら、つらかった”というこの言葉には、
ギーグという存在の“説明不能な怖さ”が詰まっているように思います。
かつてほんの一時でも人間に育てられた宇宙人だったはずのギーグが、
今や“意思のない渦”のようになってしまっていた。
その進化(もしくは劣化?)の果てに待っていたのが、
“祈りでしか届かないラスト”だったのかもしれませんね。
にしても、怖いですよやっぱりMOTHERは!
怖いけど、好きだった|トラウマとして残るラストの意味
ということで、いかがでしたでしょうか?
MOTHER2のラストが“怖い”と語られるのは、
ギーグの見た目がグロテスクだったからでも、
セリフが意味不明だったからでも、
ネスサンネスサンネスサンだったからでもない。
「なんだかよくわかんない存在を祈りつつ壊していく」
そんなゲーム体験が、あの時代に他にあったでしょうか?
だけど、結局は感動させられてしまうのです。
キャラクターたちにもう祈りを送る先がなくなった時。
祈り続けた時に彼らに手を差し伸べる“救世主”が現れる演出…。
本当に素晴らしいものでした。
でも途中のストーリーが思い出せない…
ここまで書いたからには、
再度どんなストーリーだったのかを確認すべく、改めてプレイしてみようかと思います。
でも、またあのオープニング……見たくないなぁ。
結果、やっぱり最初のあれが一番のトラウマです。
ちなみに前作 【MOTHERは怖い】という記事も一緒に読んでみて下さいね!
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